(撮影/麻生雅人)

お菓子好きの男性も多いブラジルでは、お酒が好きな人でなおかつ甘党、という人は少なくありません(もちろん嗜好は人それぞれなのですべてのブラジル人に当てはまるわけではありませんが)。そんなブラジルでは、甘いカクテルも数多くあります。有名なカイピリーニャも<カシャッサ+ライム+砂糖>で作られています。

甘いカクテルのひとつに、「ロミオとジュリエット」という名前のカクテルがあります。クラシック・カクテルではないので、厳密に決まったレシピはありませんが、ベースのお酒(理想はカシャッサですが決まりはありません)をグアバジュースなどで割ってグアバ味にすることと、チーズを添えることは、共通のレシピとなっているようです。

これはそもそも、「ロミオとジュリエット」という名のブラジルの国民的なスイーツを、カクテルに置き換えたものなので、レシピの基本はこのスイーツに準じています。

「ロミオとジュリエット(Romeu e Julietta)」。ブラジルの酪農と農業の盛んなミナスジェライス州で、地元のチーズ(ミナス・チーズ)と、地元産のグアバ(ブラジルではゴイアーバ)の果実を砂糖煮詰めて造ったようかんのようなお菓子「ゴイアバーダ」を、一緒に食べるお菓子。

チーズとゴイアバーダをスライスして一緒に食べる、ただそれだけのお菓子なのですが、ほんのりとした塩味、ほのかな酸味のあるチーズと、甘いゴイアバーダの絶妙な組み合わせが、これ以上ない奇跡のマリアージュとして絶大な人気を誇るお菓子です。日常的に、チーズとゴイアバーダを買って家でもおやつに食べますし、多くのカフェやレストランではデザートのメニューにも載っています。

近年では、ゴイアバーダを使った素材とチーズを使った素材を組み合わせたさまざまな飲みものや食べものも生まれ、「ロミオとジュリエット」の名で楽しまれています。冒頭でご紹介したようにカクテルもあれば、アイスクリームやビスケットもあります。

これ以上ないほど完璧な組み合わせのカップル、ということで、いつだれがそう呼んだかは定かではありませんが、このお菓子はいつしか「ロミオとジュリエット」と呼ばれ、国中で親しまれているのですが、かつてはただ単に「ケイジョ・イ・ゴイアバーダ(チーズ&ゴイアバーダ)」と呼ばれていたようで、今でもそのまま呼ぶ人もいるようです。

<ゴイアバーダとは>

「ロミオとジュリエット」に使われるゴイアバーダのルーツは、マルメロというかりんに似た果物から作られるマルメラーダというお菓子と考えられています。

マルメロの果実を砂糖と共に煮詰めてつくるマルメラーダはポルトガルで修道院や家庭などで作られていたお菓子で、ポルトガル人にとってソウルフードともいえる食べものだったそうです。実はこのマルメラーダは、世界中に渡って、名前や姿を変えて浸透しているお菓子。英語圏で知られるマーマレードも、語源もルーツもマルメラーダだと考えられています。この場合は材料がオレンジに置き換わったバージョンといえます。

ポルトガル人が愛してやまないマルメラーダは、1500年以降南米の地(後のブラジル)にポルトガル人が入植すると同時に持ち込まれ、マルメロも栽培され、この地でマルメラーダが作られるようになりました。16世紀に出版された、現存する最古のブラジルのレシピ本といわれる「ポルトガルのマリア王女の料理(別名「15世紀のポルトガル料理考」)」という本にもマルメラーダは記されています。今でもミナスジェライス州などでマルメラーダは作られています。

ところがこの熱帯の国では、もともと自生していたグアバ(ゴイアーバ)のほうが身近にたくさんあることもあり、マルメロの代わりに使われるようになって以来、ゴイアバーダが市民権を得ていったようです。

ミナスジェライス州では果物の砂糖づけや、マルメラーダやゴイアバーダのように保存のきく形にした食べものが多く作られていたため、どちらも古くから名産品として親しまれていました。

加えて同州は、リオデジャネイロが首都だった時代に牛肉の供給地だったこともあり酪農も盛んで、チーズ作りも古くから行われていました。

どうやらゴイアバーダとチーズを一緒に食べる習慣はミナスジェライス州で生まれたようですが、19世紀には外国人によるブラジルの旅行記などに食べられていたという描写が見られます。

ドイツ人旅行者オスカー・カンシュタットは「ブラジル:土地と人々」という書の中でミナスジェライス州ノバルバセーナという地域に立ち寄った際に「私たちがバルバセーナでとった軽い食事は、決して最良のものには属さず、ただ少量の山のチーズと、驚くほど質の悪い地元のワインだけであった。チーズは、実際のところ、ブラジル人が製造できる唯一のものであり、それはミナスのチーズとされている。このチーズは我々の山羊チーズに似ており、ブラジル人には、他の類似のヨーロッパ産品とともに好まれている。チーズをフルーツのコンポートと一緒に食べるという習慣は非常に独特であり、私はどうしてもそれに慣れることができなかった」と記しています。

イギリス人のリチャード・バートンも「リオ・デ・ジャネイロからモーホ・ヴェーリョへの旅」の中で「デザートとして、カンジッカ、茹でトウモロコシ、そして菓子類が登場し、あらゆる階層や年齢層から大いに好まれている。カンジッカは精製前の砂糖(ハパドゥーラ)で味付けされ、マルメラーダやゴイアバーダを添えて供される。後者の二つは木箱や浅い缶に入れられて提供される。それらは皆に好まれており、消化を助けると考えられている。そして塩味のチーズと一緒に供されるが、それはちょうどヨークシャーでプディングとともにチーズを出すのと同じである」と記しています。

<ロミオとジュリエット>

チーズとゴイアバーダの組み合わせはミナスジェライス州から、ゴイアバーダやチーズと共に伝わったと思われますが、いつだれが「ロミオとジュリエット」と名付けたかは、定かではありません。

それだけに、ジャーナリストや研究家などが、さまざまな“発祥説”を唱えています。

最もポピュラーな説は、単純に、この最高の相性の組み合わせをシェイクスピア劇の主人公のカップルに例えた、というシンプルなもの。

ところが、ブラジルでこのお菓子が「ロミオとジュリエット」と呼ばれるようになったのは1960年代~70年代にかけてであると
言う説を食文化研究科のアナ・マルケス・ペレイラさんが唱えています。

アナ氏によると、ゴイアバーダを販売していたエレファント社が自社製品の宣伝のため、ブラジルの国民的まんがのキャラクター、モニカとセボリーニャにジュリエットとロミオの格好をさせた広告を発表。これが大ヒットしたことから、以降このお菓子が「ロミオとジュリエット」と呼ばれるようになったもので、それまでは、このお菓子はそう呼ばれていなかった、そうです。

この説は、ブラジルの大手メディアもこぞって取り上げたことから、かなり広まっているようです。

その一方で、カイピーラ文化(ブラジルの田舎文化)の研究家コルネリオ・ピリスが1935年に記した「投網の一振り」というエッセイの中で「とりわけデザートはどこでも同じ。チーズ&グアバペースト。商用での旅行者が呼ぶところの『ロミオとジュリエット』だ」という描写があると唱え、マウリシオ・ジ・ソウザ広告説を否定する説も唱えられています。

真相は不明とは言え、さまざまな説が飛び交い、SNSなどでけんけんがくがくと話題になっているところが、まさにブラジルらしいと思います。国民的スイーツの面目躍如です。

(文/麻生雅人)