カシャッサ・カウンシル

もしかしたらカシャッサ、またはピンガというお酒の名前はあまり聞いたことがなくても、カイピリーニャなら知っている、という方は少なくないかもしれない。

カシャッサをベースにしたカクテルには、各種フルーツやその絞り汁などを入れて作る「バチーダ」から、チンザノなどビター系のお酒とミックスした「ハーボ・ジ・ガーロ」までいろいろあるが、国内外でその名が知られ、最も有名なのが「カイピリーニャ」だろう。

カシャッサ・カウンシル

ブラジル国内では、バーやレストラン、ホームパーティ、ビーチ…などなど、カイピリーニャはありとあらゆる場所にある。にもかかわらず、カイピリーニャの歴史を紐解こうとすると、諸説があって、謎に包まれている。

その中のひとつは、アフリカから連れてこられ、奴隷として扱われていた黒人たちが生み出した飲み物を起源とする説だ。

ミナスジェライス連邦大学(UFMG)の歴史学博士であるヒカルド・ルイス・ジ・ソウザ教授によると、カイピリーニャは「奴隷たちが、カシャッサに、金持ちの白人達が見向きもしなかった果物、すなわちライムの汁を入れて飲み始めたところから生じ」て、「カイピリーニャの前身、バチーダ・ジ・リモン(batida de limão:現在のいわゆる「ライムのカクテル」に相当)が奴隷たちによって編み出され、これに、砂糖とライムの皮が加えられることによって、カイピリーニャとして完成した」(「Text ob Brazil ブラジルの味」ブラジル連邦共和国外務省)という。

またヒカルド教授は、植民地時代に貧しい人々の間でカシャッサが薬として扱われていたことを指摘しており「カシャッサや、それに手を加えた飲み物、例えば、カシャッサにライムとハチミツを加えた飲み物は、早くからカゼ薬として重宝されていた」(同上)とも記している。

カイピリーニャの祖先と言えそうな飲みものが薬として引用されていた説については、リオデジャネイロ州パラチー市政府に出された法案でも語られている。

パラチー市 カシャッサ・カウンシル

2014年2月にパラチー市議会に、カイピリーニャを同市の文化遺産と定める法案006-2014号が提出されている。同法案は、パラチー市でコレラが流行した1856年に、その対策について記した書類の存在を示している。

1856年のパラチー市議会の記録集の139ページに、当時病人に処方された飲みもののレシピが土木技術者のジョアン・ピント・ゴメス・ラメンゴ氏の手紙に記されているとのこと。同法案では、このレシピが現在カイピリーニャと呼ばれているものの源流となっているとしている。

そのレシピは、水と砂糖とライムを味付けしたアグアルデンチと混ぜたものだという。

パラチー市民でもある歴史家ジウネル・ジョゼー・メロ・ダ・シウヴァ氏の調査によると、サンパウロ州の奥地でカイピリーニャの歴史が始まったという神話化された説があるという。その説では、同地でスペイン風邪が流行ったときに患者にライムとニンニクとはちみつを混ぜた飲みものが出され、この飲みものでは、ニンニクとはちみつの味を緩和するためにカシャッサが加えられたとしており、これが1918年のことだという。

カイピリーニャはだれの手でいつどこで生まれたのか。その歴史は未だ解明されていない。

(写真上、中・文/麻生雅人、記事提供/MEGABRASIL、写真下/Lampiao3)
写真上/写真はサンパウロのバール「Pirajá(ピラジャー)」(Av. Brg. Faria Lima, 64 – Pinheiros, São Paulo)のオリジナル・カイピリーニャ「Essa Nega é Minha e Ninguém Tasca」。ベースは、リオの酒蔵ファゼンダ・ソレダージのクラフト・カシャッサ(カシャッサ・アルテザナウ)「ネガ・フロー」(ジェキチバの木で熟成したもの)。白砂糖ではなくすりおろした黒砂糖を使う。カイピリーニャの横に移っているのは店のオリジナル・カシャッサ。
写真中/近年ブラジルのレストランなどでは、クラフト・カシャッサ(カシャッサ・アルテザナウ)をベースに使ったカイピリーニャの人気も高まっている。写真はパラナ州発のグルメ・バーガー・チェーン店「Madero(マデーロ)」。ここではカシャッサ・アルテザナウの「レブロン」を使っている。
写真下/リオデジャネイロ州パラチー市

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